いま振り返る先人たちの知恵(トレーニング法)

「元欧州プロ選手でTOJ京都ステージアンバサダーの三船雅彦さん(左)と日本を代表するプロ選手の新城幸也選手(右)」
私が自転車をはじめた頃、日本人のレジェンドライダーといえば、やはり「市川雅敏さん」でした。
スイスのアマチュアチームで結果を残し、1987年にはベルギーのトッププロチーム「ヒタチ」と契約。日本人として初めて欧州プロ選手となった存在です。1990年のジロ・デ・イタリアでは総合50位で完走。大会終盤のバッドデーがなければ、総合30位台も狙えたと言われる実力派クライマーでした。
先日、ふと市川さんの現役時代を紹介したサイクルスポーツ誌の記事が、頭の片隅からニョキニョキと蘇ってきました。当時はまだインターネットもなく、そこに記されていた本場ヨーロッパの練習方法は、中学生だった私にとって強烈な驚きと刺激を与えてくれるものでした。
そして、あの時に読んだ内容を今のトレーニング理論と重ね合わせてみると、実は多くの部分に共通点があることが浮かび上がってきます。
今回は「いま振り返る先人たちの知恵」として、当時のトレーニング法を改めて考察してみたいと思います。
◯ZONE2トレーニング
ZONE2トレーニングとは、最大心拍数のおよそ 60〜70%程度の強度で行う有酸素運動のこと。きつすぎず、会話ができるくらいのペースが目安です。この強度で長時間走ることで、以下のような効果が期待できます。
・脂肪燃焼の効率アップ
・ミトコンドリアの活性化による持久力向上
・回復力の強化(高強度トレーニングの土台作り)
プロ選手はもちろん、一般サイクリストにとっても「基礎体力づくり」の核心となるメニューで、週に数回取り入れるだけでも走りの質が変わってくるといわれています。
このトレーニングは一般的に「イージーライド」に分類されますが、ただ楽に走ればよいというものではなく、効果を高めるには一定の工夫が必要です。ZONE2の強度やパワーをなるべく外さずに、一定時間維持することが重要です。現代であればZwiftのERGモードを使うことでターゲットを容易に維持できますが、当時は外ライドが基本で、パワーメーターもまだ普及していなかったため、さまざまな工夫を凝らしていたことがうかがえます。
記事に書かれていた内容を思い出すと、おおよそ以下のようなポイントだったと思います。
◯ギヤ:44(インナー)×15T(うろ覚えです)
◯速度:33km/h前後
◯走り方:二列で会話しながら(※日本の道路は並走禁止ですので絶対に真似しないでください)
◯状態:数時間にわたり会話が途切れない
◯特徴:上りでは踏みすぎず、下りではしっかり踏む
◯練習時間:午前と午後の二部練習(昼に一度帰宅してランチ)
◯当時の国内実業団チームの練習:一列走行でアップが終わるとすぐにちぎり合いが始まる
上記内容を現代のトレーニング理論に当てはめて解説すると、以下のようになります。
◯ギヤ:44(インナー)×15T(うろ覚えです)
◯速度:33km/h前後
→ケイデンスはおそらく90rpm前後。当時の重く空力も悪く転がり抵抗の大きい自転車や、ウェア類を考えると、プロ選手でもZONE2の下限以上には収まっていたはずです。ちなみに現代のプロ選手であれば、ZONE2でも40km/hを超えてしまうケースは珍しくありません。記事には「日本の実業団の練習はスピードが速すぎる」と書かれており、中学生だった私は「練習はゆっくりの方がいいってどういうこと?」と驚いた記憶があります。
◯走り方:二列で会話しながら(※日本の道路は並走禁止ですので絶対に真似しないでください)
◯状態:数時間にわたり会話が途切れない
→これは一種の心拍数管理に該当するのだと思います。現代でもZONE2を定義する時に「会話ができるくらいのペース」といわれていますから、まさに喋りながら強度コントロールをしていたのでしょう。そして、長時間の有酸素トレーニング特有の「飽き」を解消するためのメンタルコントロールにもなっていたと思われます。平坦で先頭を引くときはやや強めに踏んでSST領域に入り、後ろに下がったときはZONE2の下限以上を保ちながら会話を続けていたのだと思われます。
◯特徴:上りでは踏みすぎず、下りではしっかり踏む
→これは一種の出力管理であり、ZONE2領域を外さないための工夫です。ペーシングとしては、Zwiftにおけるロボペーサーに近いイメージでしょう。多くの初心者は上りで踏みすぎ、下りで脚を止めてしまう傾向がありますが、これでは平均速度が同じでもZONE2トレーニングの上下を行き来してしまいます。こうした一定の出力維持は、ERGモードに通じる考え方です。
→また、二列走行(※日本の道路では並走禁止ですので絶対に真似しないでください)で一定のペースを維持する練習は、隣に人がいる状態、つまり集団走行のシミュレーションとなり、バランス感覚やペーシング力を養うことにつながります。さらに、一列走行での先頭交代時に起こりがちな急な加減速を防ぐ効果もあります。
◯練習時間:午前と午後の二部練習(昼に一度帰宅してランチ)
→午前と午後に分けて走る「二部練習」は、ただ練習量を増やすだけではなく、科学的にもいくつかの効果が裏付けられています。
・質を保ちながら量を確保:長時間ぶっ通しより集中力やフォームを維持しやすい
・脂質代謝の強化:午前で消費→午後はやや枯渇状態で走ることでミトコンドリア活性アップ
・回復サイクルの促進:負荷と回復を一日に2回繰り返すことで適応を高める
◯当時の国内実業団チームの練習:一列走行でアップが終わるとすぐにちぎり合いが始まる
→当時の日本ではVo₂max系の高強度練習が主体で、弱い選手は一度ちぎれてしまうとそこで終了。序盤から全力で踏んで脱落してしまうため、有酸素機能強化の質も十分に得られませんでした。合流しても再び千切れることの繰り返しで、有酸素のベースは一向に育たず、結果的にオーバートレーニングに陥るケースも少なくなかったのです。
改めて当時の記事を思い返し、現代のトレーニングと照らし合わせてみると、なかなか興味深いものがあります。もちろん日本では並走は禁止ですが、パワーメーターや心拍計といった数値管理が苦手な方や、ローガンズ世代の方には、参考になるかもしれません。また、端末を見続けることは危険な“よそ見”にもつながりますからね。
そういえば、街で自転車に乗りながら熱唱している学生さんをよく見かけますが、もしかすると彼らも知らず知らずのうちにZONE2トレーニングをしているのかもしれませんね。